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沼津茶の歴史

沼津市の二大特産品江原素六の功績沼津茶の種類


沼津市の二大特産品

沼津茶
 沼津市の愛鷹山の麓、愛鷹・浮島地区は、茶どころとして有名で、静岡県内でも主要なお茶の産地です。愛鷹山の山麓には、茶園が広く形成されており、沼津茶が生産されています。新茶の季節には一面が緑色のじゅうたんとなり、駿河湾や富士山とともに美しい景観を望むことができます。沼津市南部のミカンとともに二大特産品となっています。



江原素六の功績

江原素六翁
 この地域で、本格的なお茶の生産が始められたのは、お茶が輸出の花形として脚光を浴びるようになった幕末からで、文久元年に、地域のリーダー的存在の坂三郎が愛鷹山麓に茶園を開いたのが最初でした。 
 そして、沼津のお茶とその歴史を語る上で、この地域の茶業の礎造りの最大の功労者、江原素六の名は外せません。素六は教育者、政治家、宗教家として、様々な分野で立派な足跡を残し、多くの人々に大きな感化、影響を与えました。
  素六は沼津兵学校の管理、経営を担当していましたが明治維新後の廃藩置県により兵学校は廃校となり、有能であった素六は、政府への出仕の誘いもありましたが、廃藩置県で職を失った人々の行く末を案じ沼津にとどまりました。当時は、帰農という形でしか、職を失った士族を生業につかせる術がなかったため、素六は、士族のリーダーとなり牧畜と茶業を生業とすべく取り組みました。後に、牧畜は廃業に追い込まれましたが、茶業は続けられ、坂三郎などの理解協力を得て、製茶技術の伝習に力を注ぎました。

愛鷹山払下記念碑
 製茶の輸出量は年々増加しましたが、商権を握る業者に利益を牛耳られ、農家は収入が安定せず苦しんでいました。そこで、素六は、地域の有力者である坂三郎らと計り、商権を握るための対米直輸出を実現させました。この先駆的事業は結果として失敗に終わりましたが、その後の茶業の発展を見れば、本県製茶の直輸出の端を開けた功績として、永く賞賛されるべきものです。

 素六の農業関係での最大の功績は愛鷹山官有地の払い下げ運動の成功でしょう。もともと愛鷹山は地元農民が、大切にしてきた入会地でしたが、突然官有地に編入されたり、御料地となったり、利用が不自由になりました。地元民にとっては死活問題であったため、中央工作等を要請された素六は、陳情活動の陣頭に立って尽力し、初めての衆議院選挙には地元民一同から強く推され立候補し、見事当選。そして、長年にわたる運動が功を奏し、総面積4,200町歩の払い下げの許可が得られました。関係町村は、共有地として茶畑などへの開墾等に取り組みました。その恵みが今、連綿と続いて今日に至り、未来へと引き継がれようとしています。

江原素六翁銅像
 現在でも素六の功績は称えられ、謝恩敬慕の結晶として建立された江原素六翁の銅像の前では、新茶期間近くの3月下旬に、地元手揉み保存会が仕上げた新茶を献ずる式典、献茶式が盛大に開かれ、愛鷹山麓の沼津茶産地の今日の礎を作られた素六に感謝の誠を捧げています。この様に、沼津茶の歴史は、江原素六の歴史といっても過言ではないでしょう。

 近年では、昭和58年・平成8年・平成28年の3度にわたる「皇室献上茶」の栄誉を賜り、また各品評会においても好成績を収めるなど、着実に、独立した「沼津茶」としてのブランドの評価を高めています。また、さらなる可能性を求めて、粉末茶や抹茶の新商品開発にも取り組んでいます。



沼津茶の種類

 お茶は、製造方法の違いから、緑茶(不発酵茶)・紅茶(発酵茶)・ウーロン茶(半発酵茶)の三つに分けられます。
 お米に「ササニシキ」、「コシヒカリ」があるように、お茶にも品種があります。沼津茶の品種は、「やぶきた」、「さえみどり」、「つゆひかり」、「山の息吹」、「おくひかり」等があります。

煎茶

煎茶
日本茶の代表で、最も一般的なお茶。茶葉は細長く、水色はうすい黄色。お茶本来の甘み、渋みのバランスがよく、香りが高い。

深蒸し茶

深蒸し茶
煎茶と同じ製法だが、お茶の葉を通常の倍以上、じっくり蒸すことで、茶葉は、細かく、水色は鮮やかな緑色。 甘みとコクのあるマイルドな味。手早く味が出るのが特徴。

ぐり茶

ぐり茶
蒸し製の玉露茶。葉を深く蒸し、製造最終工程が煎茶と異なるため、形状は丸くなり、水色は、爽やかな緑色。甘めで、やわらかな風味でさっぱりした味が特徴。